その1 旅立ちのとき
神戸港には我々の想像を超える4万8千トンという巨体があった。
世界一周豪華客船「オリアナ」。
僕たちが船旅を選んだのは自転車を持ち込めるというのが大きな要素ではあったのですが、そのほかに現在では船旅の料金が新車一台ほど買えてしまうほどになってしまっていますが、その当時は飛行機運賃と殆ど変わらないというのが大きな理由でした。
それともうひとつ、我々の英語がまったくのダメ状態だったので、船旅の間に少しでも外人に慣れておこうというのも狙い

ではあったのです・・・・・。
事実、我々の英語力たるや、船に乗り込むときポーターが私の荷物を自室まで運んでくれたのですが、「Thank you」が声に出なかったという有様で、本当にこんな調子で外国へいけるのだろうかと我ながら呆れたものです。
今考えるとそんなときに少しでもチップを渡すが礼儀だったようで、荷物を運び終わった後でもなかなか帰っていかないポーターに英会話恐怖症のわたしとしては早く帰れと心の中で叫んでおりました。
まあ、僕たちを受け持ったポーターは不幸だったということですよね。
次の日の朝、ベッドまでオレンジジュースを運んできた人物の顔を見たとき、同じポーターがずっと僕たちの面倒を見てくれるということを知り、やばいと感じたものでした。
彼らの仕事は朝食を運んでくれる他にベッドのシーツ取替えや部屋の掃除などでかなり安い給料で使われているのが実情とか。
だからチップは彼らにとって大きな収入源というわけで、受け持つ客によって大きく収入が左右されるということです。当然、1等船室などのポーターは収入もよく、停泊する港毎に豪遊していたようです。
まあ、船に2週間も乗っていればこういったポーターやルームボーイの話なんかも耳に入ってくるし、彼らとも仲良くなってしまうので、こういった話しをよく聞かされました。
旅の途中、香港を越えたあたりから彼らのチップをベッドの下に入れてやるようになったのは、彼らと何かしらの友情が感じられ、なんとなく可愛い人であると感じたからに違いないと思っています。何故別途の下に入れたのかというと、ベッドはシーツを取り替える都合上毎日チェックする場所で、ここにあるお金はチップと判断して持ち帰ってもいいという暗黙の了解が在ったようです。反対に、テーブルやデスクにあるお金には彼らとて手を出してはいけないという教育がされていたようですね。
船での最初の食事の時、テーブルに座って、メニューに目を通し、スープ、前菜、魚料理、メインディッシュ、デザートと最初に全てを選び、注文するシステムが解らなくて、スープしか注文していなかったため、スープ一つがその日の夕食になってしまいました。単にひとつ食べたら次の注文をすればいいと考えたのですが、どうやらコース料理というのは調理するのに時間の掛かる物ほど後に持ってくるという順番に基づいて作られているとその時に知りました。
本当に外国へ行って生きて帰れるのだろうかと少し不安。
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