サイクリング編
1 旅立ちのとき
2 船旅
3 旅のきっかけ
4 タムシチンキの効用
5 香港事件
6 うだるシンガポール
7 シドニー上陸
8 サイクリング初日
9 お世話になります
10 事故と犬の大群
11 Goulburnの新聞記者
12 簡潔キャンベラ
13 yassへ
14 Hume Hwy
15 Albury ホッキング
16 雨のSeymour
17 Melbourneホッキング
18 Melbourneあれこれ
19 Ballarat
20 Ballaratその2
21 Ararat
22 HallsGap_1
23 HallsGap_2
24 HORSHAM
25 Nhill
26 South Australia
27 Keithを超えて
28 偉大なるマリーブリッジ
29 アルデゲートでタヒチアン
30 アデレードまで一気
31 アデレードでバスガイド
32 Eyre Highway
33 ビールの看板
34 苛立つ
35 IronKnobで切れる
36 Kimba近辺
37 カンガルー
38 Ceduna
39 クリスマスイヴ
40 カニを釣る!?
41 Nullarbor Plain
42 砂漠の生き物l
43 Norseman
44 Cooigerdie
45 Kalgoorie
46 記憶が・・・・
47 Parthまでもう少し
48 この丘を越えれば
49 パースは遠く
50 パースの休日
ラウンド編

その10 事故と犬の大群



朝、Camdenの家族に別れを告げ、Pictonへと向かった。 (Map)
悪いことは重なって起きるもので、今日はついていなかった。
今日の行程はそんなに距離があるわけではないが、これには理由がある。
初日の走行の後遺症が朝にやってきたからだ。
船に乗ってからは運動らしい運動をしていなかったので、猛烈な筋肉痛とサドルとの摩擦によるお尻の痛みがかなりこたえている。
山崎は起き掛けにそんなわけで目的地をPictonに決めたみたいだ。
彼が以前旅行会社へ勤め、添乗員としての慣れがそうさせるのだろう。
彼は一応その日の行程などをほりけんに対して相談するのだが、相談する時点で殆ど決めているところがあって割り込む隙が無い。
とはいえ、考えられないほど無茶な行程を組むわけではないし、任せておくほうが無難ではある。
とは言っても始めに言ったようにその頃の我々には小さな町に至る情報が皆無だったので、どこへ行こうがどこに滞在しようがその町の名物や、見所なんてのが判らないものだからあれこれ意見を挟む理由も無いわけであって、後々行き当たりばったりに興味を引くものがある町ならもう一泊しようってな具合にかなり流動的に行程は決まった。
このあたりの道路事情はまだシドニーにも近いこともあって、かなりの車の往来があり、我々に興味を持った車が近寄ってきては「Wher are you going?」と声を掛けてくる。
声を掛けるのは結構だが、出来るなら止まって声を掛けて欲しいものだ。
オーストラリアの道路は日本と同じ左側通行なので、ハンドルは当然右側にあり、運転しながら僕のほうへ向かって声を掛けると、本人の意思とはお構いなしにハンドルが首の向いた方向へ切られる場合があり、自転車へどんどん近寄ってきてしまうのだ。
一台の車がまた声を掛けてきた。
お決まりのセリフにウンザリしているのだが、自分では国際交流を背負っているつもりなのでいちいち笑顔で答える。皇太子殿下じゃないんだけどね・・・・・w
案の定聞き取りにくかったのかどんどん近寄ってきて今にも自転車と衝突しそうになる。
オーストラリアの道路は舗装してある部分と、そうでないジャリの部分が並んで走っている。
予想どおり、トコロテンよろしく押し出された格好で砂利道に突入してしまったのである。
ご存知のように自転車のタイヤは細く、砂利道では小石に足元をすくわれた形で転んでしまったのだ。
あまりの無礼な行動に半ば頭に来ていた僕はその場で立ち上がらずにフテ寝を決め込んだのだ。
その車の運転手が当然心配して車から降りてくるのを期待しながら・・・・・。
しかし、その車は無情にも少し止まりかけたがこちらが立ち上がらないのを見て慌てて逃げ出したのだ。
僕としてはその無責任極まりない行動が余計に頭にきて起き上がる気力さえなかった。そして、その車の動向を観察していたが、運転手は真っ青になり、とっとと走り去ってしまったw。おぃおぃ・・・死体遺棄かよ・・・。運転マナーを守ってよね。事故を起こしたらすぐに救急車の手配と警察に連絡でしょうが・・・。せめて生きてるか死んでるかの確認くらいはしてほしいのよね。
その頃山崎は1キロほど先を走っていたが、僕がなかなか来ないので心配になり戻ってきた。
遠くに僕が倒れているのを発見して本人の頭をよぎったのが「こいつの遺体をどうやって日本に搬送しようか、きっと手持ちの金が足りなくなる・・・」ってことだったらしい。
わたしはまだ生きてます!!・・・・・・・・・・。
「堀口!堀口!」と耳のそばで大きな声を出す。
わたしもフテ寝ついでだからその声に耳を貸さずそのままの状態をしばらく続けた。
このまま昼寝してやろうかしらと思ったが、薄目を開いたら山崎が悲壮な顔しているのがおかしくておかしくて、とうとう我慢できずに笑ってしまった。
「何やお前、死んだと思ったぞ」
わたしが無謀で無責任な車にお灸を据える意味で取った行動は同行者に一番ショックを与えてしまったようだ。

写真 ここ、Pictonの町にたどり着くや否や犬の大群に襲われ、ほうほうの体でなんとか振り切り、ぐったりとしている山崎。

この日はこの公園でテントを張り寝る。初日から民家に泊めてもらったこともあって始めての野宿である。
山崎談「このシチューおいしいわ」 この一言でなぜかほりけんがずっと食事の用意をすることになってしまった・・・・・・・。
というか、山崎はずっと親と暮らしていたこともあって食事を作るなんてことはやったことが無いのである。
その点ほりけんのほうは就職と同時に下宿住まいだったのと節約生活を強いられていたので料理はお手の物と言う背景もあった。

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