その21 Ararat
Ballaratはエディのおがけで実に充実したものだった。
僕たちの旅はがむしゃらに目的地へ向かうといった旅ではなく、行く先々で人々と振れあい、その土地土地のいいところを見て、感じる旅にしたいと思っていたので、一日の走行距離も60キロからせいぜい80キロにとどめていた。
この日はAraratが走行距離から言うと適当な町になりそうだ。
Western HYW を走る。
MAP参照

3時ごろ、Araratへ着く。ここもこじんまりしてはいるがそこそこの町だ。
食料の買出しにと町を歩いていると、50歳くらいのおばさんに呼び止められ、あの角を曲がったところにレストランがあるから、そこで食事をするように勧められた。僕はてっきり親切でおいしいレストランを紹介してくれたものだと思ったのだが・・・・。
そしておばさんは取り出したメモにボールペンで走り書きをしてその紙切れを僕たちに渡すと、これをレストランの人に渡しなさいと言った。
その紙切れにはおばさんの名前らしきものが書かれてあるだけで、達筆だし、よく意味がわからない。
僕たちはオーストラリアへ上陸してからレストランなんてところへ入ったことはなかったので、凄く贅沢だが、たまにはその土地のおいしいものを食べてもバチはあたらないだろうと二人の意見は一致して、そのレストランへ行くことにした。
と言うより、Seymor以来自炊をしていないので、面倒だったんだけど。
レストランへ入り、どうにもこうにも場違いな雰囲気に落ち着かなかったのだが、とりあえずはイスに腰掛け、ボーイさんの登場を待った。
ボーイさんが現れたのでメモを渡すと、なぜか「OKOK」と言って注文も聞かずに中へ入っていってしまった。
「あらら・・・・」きっとあのメモには「今日のお勧めを出しなさい」とでも書かれてあったのでしょうか?
ふと、テーブルの上を見ると食パンがプラスチックのケースに10枚ばかり、縦に並んで置かれてあった。
僕たちはかなり空腹だったので、これってきっとサービスだろうなと思いつつきっちり全部食べてしまった。
待つこと30分あまり、食パンも無くなったので退屈しているとボーイさんが中から登場。
「おー、ソーリー、バターが無くなってますね」てなことを言ったのでしょう。
バターのケースを持っていこうとしたので、「パンも切れてます」と言ったら、大声で笑い出した。
「OKOK」と言って彼はそのケースへ食パンを詰め持ってきてくれたのだが、そのとき一緒に料理が運ばれてきた。
Tボーンステーキという名前のステーキは直径約20cmはある羊肉のステーキだ。
モモの部分の骨がTの形でステーキの真ん中に入っている。
骨付きはのステーキは生まれて初めて食ったが凄くおいしかったのと安かったので、これ以降オーストラリアではTボーンステーキばっかり食っていた。
食パンは結局追加してくれた分をも全部平らげ、おなかも一杯になったことだし、お勘定を払って出ようとしたのだが、お金は要らないという。
驚いたことにあのおばさんがこの店のオーナーだったようだ。
食い物に弱い私はこんなときはしみじみこんな風に思ってしまう、いい国だよな、オーストラリア。
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