サイクリング編
1 旅立ちのとき
2 船旅
3 旅のきっかけ
4 タムシチンキの効用
5 香港事件
6 うだるシンガポール
7 シドニー上陸
8 サイクリング初日
9 お世話になります
10 事故と犬の大群
11 Goulburnの新聞記者
12 簡潔キャンベラ
13 yassへ
14 Hume Hwy
15 Albury ホッキング
16 雨のSeymour
17 Melbourneホッキング
18 Melbourneあれこれ
19 Ballarat
20 Ballaratその2
21 Ararat
22 HallsGap_1
23 HallsGap_2
24 HORSHAM
25 Nhill
26 South Australia
27 Keithを超えて
28 偉大なるマリーブリッジ
29 アルデゲートでタヒチアン
30 アデレードまで一気
31 アデレードでバスガイド
32 Eyre Highway
33 ビールの看板
34 苛立つ
35 IronKnobで切れる
36 Kimba近辺
37 カンガルー
38 Ceduna
39 クリスマスイヴ
40 カニを釣る!?
41 Nullarbor Plain
42 砂漠の生き物l
43 Norseman
44 Cooigerdie
45 Kalgoorie
46 記憶が・・・・
47 Parthまでもう少し
48 この丘を越えれば
49 パースは遠く
50 パースの休日
ラウンド編

その25 Nhill



Nhillという町が次のポイントだが、実はいまだに読み方がわかっていない。
ヒルと読むのか、ニヒルと読むのか、はたまたニールと読んでいいのかはっきりしないのだ。このほかにもオーストラリアの町には変な名前が時々ある。
先住民族アブリジナルの言葉がそのまま地名になっている所などがあるがこれは比較的読みやすい。
ワガワガとか、ワンガラッタとかドンガラガッタ(これは創作です・・・・。)
地名だけ見ていても一度行って見たいと思うようなところがある。
しかし、行っても何も無いことが多かったが・・・・・・・。
何も無いとは言ってもこの程度のものはあちらこちらにある。
これは180年前のオーストラリア開国当時の開拓市民が使った道具類を博物館よろしく野外に展示されたものであり、無論見るのは無料。
我々が見ても何の感動も無いのだが、他の国から移住してきた子孫等が見るときっと泣けてくるんでしょうね・・・・。
これらのものは32年経った現在も雨ざらしの状態で展示してある。よくぞ朽ちないものだ。
立派な博物館でも作って保管されているといいのだが・・・・・。
オーストラリアにはイギリスから多くの人が移り住み、次第に各国からの移住者で現在に至っている。
その点ではアメリカと同じ道をたどっていることになるのだが、アメリカとオーストラリアは住んでいる人種がどこか違う。
特に性格が違うように思うのだが、考えすぎかな・・・・・

テントを張って寝床の中で山崎はいつも英語の辞書を見ている。
同じ高校だったが、彼がここまで必死で英語を勉強しているのは見たことが無い。
生きるためなら人間必死になれるものなんだな・・・・・。
この地で無事に旅行を続けるためには最低限の英語は必要だが、われわれは日本を出るまで自転車の装備や荷物のチェックや、お金の準備はしたけど言葉の準備は皆目というほどやっていなかったのだ。
今なら「駅前留学」だとか、「レッツスタディ」とかが氾濫しているけど、当時は学校で読み書きの英語は教えてくれたが、スピーキングやヒヤリングはYMCAあたりで習うしか手が無く、英語を習いに行くこと自体なにかしら特別な感じで行けなかった。
学校で教えてくれた英語は確かに単語を覚えるということではある程度の役には立っていると思うが、話すには慣れというのが一番必要だと思う。
それが証拠にオーストラリアから帰ったとき、船で一緒だった友人がうちの家に遊びに来た際、当時英語の教師をしていたおじさんと、そのオージーとの通訳を僕がやったくらいだ・・・・。英語の教師と言えども、教科書に書いてある英語を訳すのと、スラングや、慣用語の入り混じった普段使う英語では勝手が違うみたいで、おまけにオーストラリアの英語は訛りがきついこともあって、全然役には立たなかったみたいだ。
これから海外へ行かれる人へ。
その国の言葉はなれるのが一番の早道です。
従って、まず誰でもいいから恐れずに話しかけること。
わからない言葉が出たら素直に聞きなおすこと。
これで上達は間違いなし。
ただし、変な人に捕まってしつこく追い回されないよう、人を見る目も養っておいてね・・・・・・・・。

South Australian へ