その46 記憶が・・・

このところ仕事が忙しくてこの旅行記もなかなか前へ進まなくなっているが、
実は前へ進まない理由がもうひとつあって、Cooigerdieからパースまでの記憶がわたしもそうだが、山崎もはっきりと覚えてないと言うか、記憶が無いに等しいのだ。
どのように走ってどのように生活していたのか、全然覚えていない。
まあ、パースが近くなったこともあり、最後のスパートを掛けていたことは確かだが、まさか前方のパースだけを見て、周りやその時々の出来事までを記憶から失わせてしまうほど、必死になって目的地を目指していたのであろうか?。
今となってはなんとも言えないのだけれど、それほどまでにここに至る道のりが過酷で凄まじいものだったとは思っていない。
むしろ砂漠地帯に入ってからは車の数も極端に少なくなって走行に支障が無かったし、食事もメニューにさえ注文を付けなければ飢える事無く過ごしてきたはずだ。
確かに暑かったし、風などはモロだったが、自転車乗りはこんなことで弱音を吐くべきでもない。
だったら、やはり目的地が近かったから・・・という理由だけが残ってしまう。
早く着きたいという一心でペダルを漕いでいたようだ。
早く目的を終えたいという・・・・・。
さてここで、書いておかなければならないことがひとつある。
わたくしほりけんは、このパースを終えた後、山崎と別れてインドへ渡り、シルクロードを経てヨーロッパへと向かう計画を日本を出るときから密かに持っていた。
無論山崎にも話していないことであった。
前にちらっと書いたが、山崎は一人で旅が出来ないタチの持ち主であるために、パースに着いてからどうやって言い出して良いものかずっと心を痛めていたのだ。
その反面、一刻もも早く彼と離れたいという気持ちも片一方で破裂寸前まで膨れ上がっていたのも確かだ。
どちらにせよここへ来るまでは精一杯彼のわがままに付き合ってきたのだから、最後に僕のわがままを聞いてもらっても罰は当たるまい。
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