サイクリング編
1 旅立ちのとき
2 船旅
3 旅のきっかけ
4 タムシチンキの効用
5 香港事件
6 うだるシンガポール
7 シドニー上陸
8 サイクリング初日
9 お世話になります
10 事故と犬の大群
11 Goulburnの新聞記者
12 簡潔キャンベラ
13 yassへ
14 Hume Hwy
15 Albury ホッキング
16 雨のSeymour
17 Melbourneホッキング
18 Melbourneあれこれ
19 Ballarat
20 Ballaratその2
21 Ararat
22 HallsGap_1
23 HallsGap_2
24 HORSHAM
25 Nhill
26 South Australia
27 Keithを超えて
28 偉大なるマリーブリッジ
29 アルデゲートでタヒチアン
30 アデレードまで一気
31 アデレードでバスガイド
32 Eyre Highway
33 ビールの看板
34 苛立つ
35 IronKnobで切れる
36 Kimba近辺
37 カンガルー
38 Ceduna
39 クリスマスイヴ
40 カニを釣る!?
41 Nullarbor Plain
42 砂漠の生き物l
43 Norseman
44 Cooigerdie
45 Kalgoorie
46 記憶が・・・・
47 Parthまでもう少し
48 この丘を越えれば
49 パースは遠く
50 パースの休日
ラウンド編

その47 Parthまでもう少し



目的地Parthまであと162マイル地点まで来ている。
4700キロあまりをここまで走ってきたことになるのだが、Parthをもって一応二人の旅は終わろうとしている。
シルクロード走破を企んでいる私自身にとってはParthは単なる通過点に過ぎないのだが、本心は早くこの旅を終えたいという気持ちで一杯なのだ。
人生にも節目があるようにParthが私にとって節目ということなのだろう。
一方で山崎と別れられるという安堵感に似た気持ちが私の中にあったことも確かで、自分を自分らしく取り戻せると言った気持ちはあるいは離婚を控えた女性の気持ちに似たものかもしれない。
二人で旅を続けることはすなわち、自分を殺し相手にある程度リズムを合わせる必要があるが、相手が自分のリズムだけで走ってしまうと不協和音だけが残ってしまう。
このあたりはまったく夫婦生活と同じだと思う。
蛇足ではあるが・・・・・・
旅を終えて30年以上を過ぎた現在、私と山崎はいまでも交流があるし、以前と同じように隠し事無しに付き合っているが、これは互いに自分自身の生活をお互い自分のリズムでそれぞれに持っているお陰であって、二人だけで生活を始めたらまた過去と同じ様に不協和音に包まれることはまあ間違いないだろう。
つい最近、山崎が私に「もう一度二人でオーストラリアへ行かないか」と言ってきた。
「二人で走った道をバスか乗用車を使ってもう一度走りたい」というのだ。
僕は二つ返事で、「頑張って行ってらっしゃい」と言った。
「お前、全然乗り気や無いな・・・」と山崎。
わたしにとっては当時のいやな思い出を再び呼び起こしたくないこともあるが、10年ほど前に再びオーストラリアを訪れたときに感じた「全てが変わってしまった」ことに対しての絶望感をこれ以上味わいたくないと言うのが大きく、あの当時の私の思い出は別の部屋にそっと大切に保管しておきたいと思っているのだ。
古ぼけたテーブルに新しい塗料を塗るようなことはあまり好ましくない。
古ぼけたテーブルには古いなりの歴史が感じられ、それを楽しむ方が性にあっている。


この丘を越えれば へ