その47 Parthまでもう少し

目的地Parthまであと162マイル地点まで来ている。
4700キロあまりをここまで走ってきたことになるのだが、Parthをもって一応二人の旅は終わろうとしている。
シルクロード走破を企んでいる私自身にとってはParthは単なる通過点に過ぎないのだが、本心は早くこの旅を終えたいという気持ちで一杯なのだ。
人生にも節目があるようにParthが私にとって節目ということなのだろう。
一方で山崎と別れられるという安堵感に似た気持ちが私の中にあったことも確かで、自分を自分らしく取り戻せると言った気持ちはあるいは離婚を控えた女性の気持ちに似たものかもしれない。
二人で旅を続けることはすなわち、自分を殺し相手にある程度リズムを合わせる必要があるが、相手が自分のリズムだけで走ってしまうと不協和音だけが残ってしまう。
このあたりはまったく夫婦生活と同じだと思う。
蛇足ではあるが・・・・・・
旅を終えて30年以上を過ぎた現在、私と山崎はいまでも交流があるし、以前と同じように隠し事無しに付き合っているが、これは互いに自分自身の生活をお互い自分のリズムでそれぞれに持っているお陰であって、二人だけで生活を始めたらまた過去と同じ様に不協和音に包まれることはまあ間違いないだろう。
つい最近、山崎が私に「もう一度二人でオーストラリアへ行かないか」と言ってきた。
「二人で走った道をバスか乗用車を使ってもう一度走りたい」というのだ。
僕は二つ返事で、「頑張って行ってらっしゃい」と言った。
「お前、全然乗り気や無いな・・・」と山崎。
わたしにとっては当時のいやな思い出を再び呼び起こしたくないこともあるが、10年ほど前に再びオーストラリアを訪れたときに感じた「全てが変わってしまった」ことに対しての絶望感をこれ以上味わいたくないと言うのが大きく、あの当時の私の思い出は別の部屋にそっと大切に保管しておきたいと思っているのだ。
古ぼけたテーブルに新しい塗料を塗るようなことはあまり好ましくない。
古ぼけたテーブルには古いなりの歴史が感じられ、それを楽しむ方が性にあっている。
この丘を越えれば へ